【座談会】ベンチャーが自治体と組んで事業を進めるために知っておくべきこと(前編)
~ベンチャーの活用が進む現場から学ぶ~
InnoHubでは、ヘルスケアベンチャーの業界進出を後押しすべく、情報発信をしています。近年、ベンチャーが自治体と連携し、事業を前進するケースが見受けられます。しかし、自治体との繋がりや連携の経験がないベンチャーにとって、(一般論ではない)実務の真の情報を知らずに、連携を模索、更に活動をスタートしてしまうことがあります。 ベンチャーが自治体とタッグを組んで、うまく事業を進めるためのポイントはどこにあるか、連携によって効果が生まれている現場からヒントを探るべく、ベンチャーと自治体の連携に実績のある方々にお集まり頂き、「座談会」を開催しました。
参加メンバー
ベンチャー
株式会社ベスプラ 代表取締役(CEO) 遠山陽介様
【株式会社ベスプラの事業紹介】「脳科学に基づいた脳の健康維持アプリ」脳にいいアプリ(https://www.braincure.jp/)は、世界最高峰の認知症研究を行っているカロリンスカ研究所などが有効性を示した予防方法「歩く・脳トレ・食事管理等の複合的な活動」をスマートフォンアプリに仕組み化したアプリです。AIがユーザーの活動内容を学習してその人に最適な活動を提案します。
エーテンラボ株式会社 代表取締役CEO 長坂剛様
エーテンラボ株式会社 事業開発/フレイル予防事業責任者 渋谷恵様
【エーテンラボ株式会社の自治体向けフレイル予防事業紹介】習慣化アプリ「みんチャレ(https://minchalle.com/)」を活用し、地域の高齢者同士で5人1組のチームに参加して、チャットで毎日ウォーキング中に撮影した写真と歩数を投稿し励まし合うことでフレイル予防のための社会参加と運動の継続および高齢者のデジタルデバイド解消を実現します。
自治体
長野県松本市産業振興部長 小林浩之様
長野県松本市産業振興部 商工課 健康産業推進担当 主任 宮下大典様
東京都八王子市福祉部 高齢者いきいき課主査 辻󠄀誠一郎様
経済産業省、関東経済産業局
経済産業省 商務・サービスグループ ヘルスケア産業課 専門官 福永俊明様
経済産業省関東経済産業局 地域経済部次世代産業課長 石原優様
経済産業省関東経済産業局 地域経済部次世代産業課 係長 大西大空様
経済産業省関東経済産業局 地域経済部次世代産業課 内山真見様
本座談会は2023年1月19日に実施し、当該時点における法令・規制の内容、自治体・市場の状況及び政治体制に基づき議論しております。自治体に関する最新の状況等については、読者の皆様ご自身でご確認頂きます様お願い申し上げます。また、本記事において述べられている事項は、参加メンバーの個人的な見解を示したものであり、所属団体等の意見・意向を反映又は主張するものではありません。本記事において提供する情報は、あくまで一般的な情報として提供されるものであり、具体的な専門的アドバイスを提供するものではありません。そのため、本記事の内容を利用されたことにより生じた損害等について、参加メンバー及びInnoHubは一切の責任を負いません。本記事に関するお問い合わせは、【InnoHub事務局】までご連絡ください。
前編
ベンチャーから見る自治体との連携のメリット 「信用力」と「課題解決」
:司会
株式会社ベスプラ(以下、ベスプラ様)、エーテンラボ株式会社(以下、エーテンラボ様)は自治体の連携に積極的に取り組まれていますが、どんな点がメリットですか?
:ベスプラ 遠山様
私たちは「社会がもっと健康になってほしい」という思いでスタートした、ヘルスケアを主軸に事業を進めるベンチャーです。僕らベンチャーが向いている方向と、自治体が向いている方向は一緒だと感じています。ベンチャーが自治体とやることで、仲間が増えていくのはメリットしかありません。
自分たちが解決したい課題と自治体が解決したい課題が同じところがあれば「是非一緒にやろう」と言っています。自治体は強烈なパートナーなのです。そして自治体と連携するもう一つの理由は、ブランド・信用力です。例えば、AとBという同じ事業があって、Bが自治体に採用されていると、一般の方たちはBを信用するのではないでしょうか。市民も、自治体が使っているなら使ってみようかと信用してサービスを使うことができます。
:エーテンラボ 長坂様
スタートアップは「社会的なインパクトを起こしたい」と思って起業しているケースが多いと思います。
より多くの国民や市民の皆様へのリーチを考えますと、スタートアップが広告宣言費をかけて世の中に浸透させるのは、ビジネスモデルとして難しいと感じています。「広告費に100億円使えます」といったビジネスモデルだったら、広告費をかけて全国に広めることはできます。しかし、安い価格のヘルスケアを多くの人に届けるために、億単位の広告費は使えません。では、国民や市民にどうやって広くヘルスケアを届けられることができるでしょうか。それは自治体です。自治体は市民にリーチがあるのです。私たちが実現したい「社会実装のモデル」を考えると、「自治体との連携」が最適です。
「みんなが健康であって欲しい」と思うのは、家族・社会・地域であったり自治体であったりします。私たちがソリューションを作っただけでは意味がなく、社会実装を進めていくことが大切で、自治体は「私たちの強いパートナー」です。スタートアップが自治体と連携するメリットは、自治体の課題を解決することを通じた社会実装です。そしてマネタイズできるモデルがあるということです。
:司会
会社にとって自治体の仕事は、どんな存在ですか?
:ベスプラ 遠山様
とても大きい仕事です。「当社のアプリが自治体に採用されています」というのは強い武器になっています。
:エーテンラボ 長坂様
自治体と組むことはすなわち市民へのブランド力となります。そして我々が実現したい社会実装まで取り組むことができます。
自治体から見るベンチャーとの連携のメリット 「弱点のフォロー」と「地域への対応力」
:司会
ベスプラ様と連携を進める八王子市の辻󠄀様は、ベンチャーとの連携のメリットはどこにあると感じられますか。
:八王子市 辻󠄀様
ヘルスケア分野は、連携の重要性が高まっていて、とても「熱い」分野です。福祉の担当になったのは3年ぐらい前ですが,コロナの前までは、多くの自治体が体操教室を開催するなど「目の前の人を健康にする」ことにひたすら尽力してきました。しかし、コロナでそれができなくなって、みんなが立ち止まって考える様になりました。
市役所の職員の数は限られています。がんばって、体操教室を開催して10人が来たとしましょう。市役所は「10人や100人を元気にしました」と言います。しかし八王子市だったら100人元気にしても、残り15万人程の高齢者も元気にしなければなりません。「焼け石に水」というか、今のやり方の延長線上に未来があるのかな、という焦りがありました。これを考えると、ベンチャーや民間企業の力を借りながら、多くの高齢者にアプローチできる手法はとても魅力的です。
ヘルスケアは言い方をかえると「役所が儲かる仕組み」と言えますね。介護保険や医療費にしても、健康状態が悪くなるとお金はどんどんかかります。ヘルスケアは「200万円かければ医療費が1億円浮きます」という世界です。民間にお願いするのに非常に相性がいい分野だと考えます。
こうした時代を背景に、自治体も変わり始めていて、今まで重要性が認識されていなかったところが、重要になり、チャンスが広がっています。特に民間の中でもベンチャーのメリットは、「意思決定のスピード」と「トライアンドエラー」だと。
市役所はチャレンジ精神と言ってもなかなか難しいところがあります。例えば「1億円の予算をかけました」と言うと「成果がなかった」と言えないのが役所の宿命なのです。
理由はいろいろありますが、民間との一番の違いとして、「予算は議会によって議決された、民主的には『正しい』ものである」という前提があるのかもしれません。民主的に正しいものが、あとから「間違っていました」と言えないのです。予算を計上した以上は、「それは正しかった」というが当たり前になってくると、自治体は「トライアンドエラー」が難しいのです。トライしたあとでエラーを認められないと「負の遺産」が積み上がる。こういった役所の弱点がある中で、ベンチャーと組むことのメリットは、「弱点をフォローしてもらえる」ことです。
:ベスプラ遠山様
確かに、自治体の「失敗談」は広く共有されません。失敗談は自治体の外に公表できないですよね。「失敗が検証されない」ことは強く感じています。
:八王子市 辻󠄀様
失敗の仕方が下手なのが自治体です。「そんなにカッコつけなくていいのに」といつも思っています。自治体は全国に1,700程ありますよね。1,700の自治体がみんなで失敗を共有したら、どれだけ価値のあるデータになるのでしょうか。なかなかその辺が、うまくいかないものですが、「失敗」から学び、次に活用することは重要と思います。
:司会 「産業振興」として、健康事業を推進している長野県松本市様は、どの様な点がメリットだと感じられますか。
:松本市 小林様
松本市は、全国的にも珍しく「産業振興」としても、健康事業を進めています。
高齢社会を迎え、生活習慣病・フレイルの予防などはコロナ禍なども含めて社会全体の状況の中で、まさに将来の予測がつきにくくなりました。そして行政と民間サービスの事業の垣根が徐々に低くなっていることは行政として非常に重要なテーマです。
地方都市の視点で言いますと、ヘルスケア産業はサービスの提供者と受益者の距離感が近いので、産業として地域の中でお金が回る印象があります。松本市の公的なサービスとしての介護保険と国民健康保険に関連する予算だけでも年間500億円程になります。
なぜ、自治体とベンチャーの相性がいいのかと言うと、大手企業の画一的なサービスをカスタマイズしていくよりも、ベンチャーの方が地域の実情に合ったものに変化させることができるからです。抱える課題が、複雑な構造を持っているので、「最適化」が必要です。 「産業振興」と同じ様に、ベンチャーの皆さんには収益を目指して頂きたいし、自治体と組んだことでネームバリューを上げて頂きたいと思います。私たちとしても、「松本市と組んだ」、「松本市とできる」ということで、松本市の知名度が上がりますし、市民の健康度の向上が期待されるからです。ベンチャーと連携して、ベンチャーから新しい提案をもらえば、それを「フィールド」に落とし込むのは私たち市の仕事です。
大手企業とベンチャーの違い 「一緒に作ることができる」
:司会
地域のお金を回していくという新たな観点のお話もありました。関東経済産業局から見た「連携の良い点」はどうでしょうか。また大手企業とベンチャーの違いについてもお聞かせください。
:関東経済産業局 石原様
信用力を上げると同時に、ベンチャーのサービス展開がよりやりやすくすることに繋がります。
大手企業と自治体には、様々な関係や歴史があって、大手企業に対する安心感があるので、汎用的な仕事をやってもらうのはあるかと思います。一方、ベンチャーは柔軟にやりとりが可能で、フレキシブルに作ることができます。既に決まったモデルで進めるのではなく、カスタマイズしていく必要がある時は、自治体にとってベンチャーが良いパートナーになると思います。
:八王子市 辻󠄀様
例えばシステムを1回入れると、大手企業は柔軟性がないという声を聞くことはありますね。また、大手企業だと人がたくさんいるので、担当者の当たり外れを感じる時もあります。大手企業が「ここの市職員は色々なことをたくさん考え、アイデアを持っている」と感じたら、きっとその企業はエース級社員を市役所に担当者として出してくるのでしょうが・・・。
しかし、コンサルにしてもシステムの担当者にしても、市役所の担当にエース人材をあてる大手企業はなかなかいないですね。私の被害妄想かもしれません(笑)。
:司会
松本市は大手企業相手で何か経験ありますか?
:松本市 小林様
我々から大手企業にメールでアポを取ろうとすると、まずは広報部門を紹介されることが多かったです。その後、段階的に進んでプロジェクトの担当者と話をすると「当社の何に興味を持ったのですか」というところから始まるなど、案件の進捗に時間がかかる場合もあります。
一方で、大手企業が「第二創業の様な新しいアイデアを何とか創りたい。新しい分野で進めたい」の様な話は意外とあり、その後の市との取組みにつながる場合もありました。
:べスプラ 遠山様
大手企業とベンチャーの違いで言うと、コストの問題は大きいです。大手企業はコストや、売上げありきで動きます。売上げや利益が見通せない案件は、効率化を図られてしまうでしょう。
その比較で言いますと、ベンチャーは、望まなくとも少数精鋭になるので、一件一件全力であたります。大手企業よりは我々の方が多くの熱を持ってやっています。更に、小回りが効くベンチャーのよさがあります。かつ、大手企業よりもコストがかからないところがいいでしょう。
:エーテンラボ 長坂様
アプリストアのレビューを見て頂けると、熱意のあるスタートアップのプロダクトは評価が高いですし、優秀な人たちが集まっているので改善スピードも速い。また小回りが効くので顧客に寄り添った本質的な問題を解決するサービスになっている可能性が高いと感じます。
辻󠄀様の話にありました大手企業のエース級が来ないという問題は、お互い歩み寄りが必要かなと思っています。
大手企業にとって「魅力ある市場」を自治体が提供しないと、大手企業は来ないでしょう。これはスタートアップも同じです。スタートアップは、組織が小さくて今は小回りが効きますが、事業が大きくなっていく時に、自治体から「作りたかったものと違う」と言われ、また作り直すとなると、社会実装されず、広がっていかない。スタートアップと自治体は、お互い歩み寄りが必要だと思います。どこまでが本当に必要で、ここまで受け入れてということを考えないといけないです。
自治体専用アプリは、アプリストアのレビューでは評価が高いものはあまりありません。市民は普段使い慣れているLINEやメルカリ、インスタなどと比較してアプリの質を評価します。自治体側が専用アプリを作りたいという気持ちは理解できますが、毎回新たに質の高いアプリを開発するのは開発費やその維持コストが見合うのかというと疑問が残ります。
:エーテンラボ 渋谷様
「新たに作ってください」という声が自治体からたくさん寄せられます。自治体は、1から独自アプリを作りたがります。かかる費用は開発費だけでも数千万円程度。それに加えて質を維持するには維持費がかかり、非常にお金がかかるのです。既に作成されたものがあるならば、それを使えばいいのに、独自のシステムを作るケースがよくあります。
一から作るのは費用が高くかかります。公募やプロポーザル式になると、大手企業が強いのです。私たちベンチャーが手を出しにくい幅広い要求仕様になっています。やはり1から全部、組み上げる形式はスタートアップにとって手が出せません。
政令市の様な大きな自治体は、大手企業が獲得していくのが見えていて私たちベンチャーは参入しにくいですね。中核市や人口規模が小さい自治体であれば、私たちと詰めた話をして頂けるので、パートナーとして会話しやすいと感じています。
自治体と企業の上手な連携 ベンチャーは自治体に頼るべき
:松本市 小林様
「自治体が企業と連携して、企業がサービスを提供して、行政課題を解決する」時は、行政が持っている、組織、人材、地域性などの特徴を、ベンチャー企業側が見抜く必要があります。
一方で、ベンチャーは、頼れるところは自治体に頼るべきなのです。行政が持っているデータや地域の組織などのネットワークを活用することも連携を進めるうえでは、必要になります。ベンチャー企業が行政サービスの全体を担うことは難しいこともあります。過疎地域や中心市街地など、そこにある地域性だとか、そこでも例えば高齢者をターゲットに設計していくとか聞きながら事業を組み立てていくのです。
そして、「ベンチャー企業がすべてを網羅できるわけではない」というところは行政もきちんと理解する必要があります。そこから地域事情に合ったところを一つ二つピックアップし、「まずここでやってみましょうか」という形で無理ない範囲で進めます。地域性がある様な高齢者をターゲットにする事業などは、対象を明確にしてコンパクトでも成果の出やすい事業として取り組むことが重要です。
松本市は面積が広いので、過疎地域もあれば、市街地の真ん中でドーナツ化して高齢化してしまったところもあります。若い世代が増えているところもありますし、多分、八王子市さんもそうだと思います。どこをターゲットとするのが効率的か、どの様な成果を目指すのか、一緒に考えていくスタンスが重要です。
民間企業の皆様で、良いサービスを提供して頂いて、そこに行政が一定の負担を持つという仕組みになります。
自治体・企業連携と専門人材
:八王子市 辻󠄀様
自治体の健康福祉担当者は専門職の方が多いのですが、彼らは本当に責任感を持って業務に励んでいます。一方、一部にはプライドが高い方、「自分たちのやっていることが正しい」という前提を強く持っている方もいます。業務の外部委託にも消極的で、「私が教室をやっているからみんな元気でいられる」と自分の居場所を守ろうとする傾向にある、なんて話も聞きますね。「その『みんな』って全体の何割だろう」「守るのは市民の健康じゃないかな」と思うのですが・・・。
:松本市 小林様
健康福祉や子育ての関係では、「三師会(※)」と呼ばれる会があり、自治体では特に医師や歯科医師や薬剤師たちと市の専門職が密接にやっています。そこと連携する枠組みで、主に公的サービスとして健康診断や特定検診などを一生懸命協働してやっています。
ヘルスケア産業の面でも、医師会や歯科医師会、薬剤師会とはきちんと意思疎通をして、産業面でもアプローチを続けて常にやれる関係にしたいと考えています。
実際にベンチャーと実現させた例ですが、「糖尿病の重症化予防」を手掛けるベンチャーが医師会や薬剤師会と連携して市の保健事業として採用されたケースがありました。採用のために、現状や課題、利害関係がどこにあるのかは自治体がきちんと把握することが重要で、三師会と自治体が良好な関係でないと、この様なベンチャーの事業が可能にならないと思います。この意味で経済産業省と厚生労働省もヘルスケア産業に関して密になっていると思います。
経済産業省にも、厚生労働省にも、ベンチャーの支援窓口があり、「産業」としての枠組みで動いています。こうした取り組みは、小さな単位、すなわち基礎自治体でも導入してビジネスとして効率性を上げていく必要があります。 (※)三師会 病院や診療所の医師らで構成される「日本医師会」、歯科医師で構成される「日本歯科医師会」、薬剤師によって構成される「日本薬剤師会」の3団体の事。または、地域の医師会、歯科医師会、薬剤師会。