【匿名座談会】介護業界への参入にあたって知っておきたいこと(中編)
InnoHubでは、介護業界に新規参入を検討しているベンチャー・企業の進出を後押しています。介護業界に進出する際の課題として、一般論ではない業界の真の情報を知らずに事業をスタートしてしまうことがあります。そこで業界のリアルな意見や状況を知り、自社事業のヒントを得てもらうことを目的として、以下のメンバにより座談会を実施いたしました。その内容を「匿名座談会」として掲載いたしますので、介護業界に新規参入を検討しているベンチャー・企業にご参考頂ければと思います。
参加メンバー
- 介護事業者
- 介護製品開発業者
- 介護コンサル
- 司会
中編
「良い介護」の定義を考えてみましょう
司会:
「良い介護」の定義がないことは業界全体にとって不都合に思えます。
介護製品開発業者:
「良い介護とは何か」の定義は、20年間表現ができていないように思います。これは1つに決まるものではありませんが、定義があれば達成度合いを定量化できます。また、定義があれば、例えば、人が作業するより、ロボットがやった方がいいですねと提案ができます。定量指標があれば良いと思います。
「良い介護」に関する議論をしていくべきと思いますが、そもそもこれまで議論できているのでしょうか。
介護コンサル:
科学的介護を検討する専門委員会が立ち上がって、LIFEの運用もようやく始まっています。
介護製品開発業者:
ただ、ベンチャーの時間軸に合わないし、その間に海外メーカが日本で事業展開する可能性は大いにあります。
介護コンサル:
海外の製品・サービスもいいものを作っているが、日本の介護業界の中にさっと参入できるものでもないと思います。どんなにいいもの作っても、誰が持ってくるかを見ているのがこの業界です。良いものを作ることに加えて、その良さを現場に説明するための手間と工夫が必要なのだと思います。
事業所の経営層と現場の認識の違いを理解しましょう
司会:
事業所の経営層と現場の認識の違いは、ベンチャー・企業にどのような影響があるでしょうか。
介護事業者:
事業所の経営者も2通りの方がいます。
1つ目は、現場上がりの方で現場を熟知している経営者、2つ目は事務上がりの方で経営の勘定に優れる経営者です。個人的には、両方の見識を持つ経営者は少ない印象にあります。
前者は、介護現場はわかっていますが、経営の勘定が苦手で、質を改善する製品・サービスに飛びついてしまう傾向があります。一方で後者は、勘定はできるが現場がわからないので、経営と現場の認識が乖離しやすい傾向にあります。
ベンチャー・企業が経営者に製品説明等で営業を行う際、両者に対する提案の仕方で異なる結果になることを知って頂きたいと思います。前者の場合、提供されるケアとして、利用者の尊厳を汲んだソリューション提案が重要です、一方、後者では経費勘定がすぐでき、コストで説得できると受け入れられやすいが、現場向けに納得が得られているかは別の話になります。
購買意思決定者が誰で、どのような経歴を持っているか、意思決定の所在が施設なのか本部なのかも様々です。営業はその事業所及び経営者の特性を見極めることが重要です。
介護コンサル:
更に、事業所の経営層と現場の認識が一致していないことも多々あります。どの業界の会社も同じ事はあるでしょうが、介護の事業所では目立つかもしれません。現場の改善をする提案も、購買決定をするのは経営者です。ベンチャー・企業が経営者の理屈を持って、経営者に説明して経営者が理解したとしても、現場から反発を受ける可能性はあります。その結果、売上げが立たないこともあり得ます。
経営者への提案、現場マネージャー向け、現場職員向けの各立場に応じたプレゼン資料が必要です。例えば、「新しいことを覚えたり、試してみたりする余裕はありません。」と現場から言われることもあるでしょう。そのようなコメントについて、QAができるよう準備をしておくこと必要です。
介護事業者:
そういう意味でベンチャーと相性が悪いかもしれません。事業所の担当別に対応を考えて、中に入り込まないといけないので、そこまでの労力がベンチャーに負担できるかというと難しい側面もあるかもしれません。 多くの大手企業は看護師や介護士といった専門職を雇用していて、自社製品の使い勝手や、オペレーションを自社内でレビューできる体制を整えています。更にその専門職の方々が事業所にプレゼンに来られたりします。事業所もベンチャーの業界に余りなじみのない方がプレゼンに来られるより、同じ職の方のプレゼンに聞き入りますので、その点でも一定規模の企業は有利です。
多様な人材がいる介護業界へは汎用性を有した製品開発が重要です
司会:
事業者の現場で働いておられる職員も多様な人材がいると聞いています。
介護製品開発業者:
現場の方の課題認識は多様だと思います。ある課題1つ取っても都心部と地方で捉え方も異なります。介護とは全く関係ない分野で働かれていた方々が使えるような製品・サービスにする必要があります。現場の職員さんはより良い介護を提供するという高い意識で、志を高く持っており、様々な職員さんがおられます。そのような現場において、製品の標準化がとても難しいです。
介護事業者:
介護業界は人材がいないので、門は広く開かれています。そのため、様々な経歴の方が来られますし、業界を去る方も当然おられます。多様な人材が業界にいるのですが、意識合わせも難しく、管理は大変な部分があります。
介護コンサル:
ベンチャーにとってこの状況はポジティブにも捉えられると思います。
現場は多くの面において慣れておらず、解決するべきソリューション提案にあふれています。個々の介護リテラシーも様々なので、成長の余地だけで考えるとビジネスチャンスにあふれていることに間違いありません。
業界に入り込むところに壁はあるかもしれませんが、一度入ってしまえば事業展開しやすいことも特徴としてあります。
商品開発と営業について、今後の事業計画を介護業界ならではのやり方で作成することをお勧めします。多くのベンチャーは年々成長率が右肩上がりの収益計画を作成しますが、まず計画通りになることはありません。法人種別、サービス種別に、自社のコアターゲット層への訴求点、キーマンを絞って開発を進めることが重要です。ただ、ここで失敗するのは、コアターゲット層のみしか見ておらず汎用性がない製品・サービスを開発してしまい、その後事業のスケール拡大ができないことです。
コアターゲット層の次の展開先をイメージして、近傍のターゲットに広げていくようなストーリーを当初から見て、汎用性の高いものを開発に見据えれば、横の展開ができ採算性のある事業のベースができると思います。
介護事業者:
汎用性のある製品を作って頂くことは重要です。
よく「著名な〇〇先生が開発に関与したから使い勝手に優れます」というような宣伝があるが、独自のオペレーションに基づいた製品・サービスを一旦作ってしまうと、汎用性がなく業界内で横展開ができません。介護現場と開発の距離が遠く、使えるものの開発ができていないように思います。当該分野で汎用的に使えるものでないと、販売個数も多くないでしょう。
ベンチャー・企業の方には介護業界の構造を理解して頂かないと、間違った方向に資金投資してしまいます。介護業務と言っても職員によって担当業務は異なるのですが、汎用的でないと販売個数は伸び悩みます。この事を理解して頂きたいです。 例えば、センサー類のような法人や施設種別を問わない製品は受け入れられる傾向にあります。ソフトウェアやセンサーなど、余り他社がやらない領域を狙うことは将来性があります。
今後、既存サービスの延長で介護業務が成立する時代ではないでしょう
司会:
新たなサービスがなくても既存サービスで介護業務が成立してしまう業界構造になっていないでしょうか。
介護事業者:
ドラスティックに変わる業界と思われていないのではないでしょうか。介護人材は足りていない状況と言われていますが、既存のやり方に、少し手を入れて「まだ、何とかやりきれている」とも捉えられるでしょう。
介護コンサル:
これまでの20年間はその精神で乗り切れたかもしれません。ただ、間違いなくこれからの20年はこの精神だけでは乗り切れないでしょう。人口構造だけ考えても、その結論になります。事業所もオペレーションを劇的に変えるつもりでないと、現在運営ができている事業所も淘汰される可能性もあります。そういう意味でも、ニーズは増えてくるでしょう。
最も課題なのは、現場の方々が将来そうなるということを頭では感じているだろうが、実際に対策を打てていないことであります。気が付いた時には、手遅れになる予兆もあり、大変危惧しています。
やはり真新しい考え方を持ったベンチャーが、長期的な目線やプランを持って、業界の方々に働きかけて気づかせて欲しいと思っています。
介護製品開発業者:
その通りです。私は起業した時から、危惧していまし、現場の方々に気づいて欲しいです。
司会:
ベンチャー・企業側が、施設側の条件を限定することになるでしょうか。例えば、「この製品を使用するためには、WiFiがないと使えません」等の条件付きで、施設を限定する売り方です。
介護事業者:
いずれ近いうち、その現象は起きるかもしれません。ただ、現時点では、事業所側の需要の方が多く、ベンチャー・企業側が条件を限定するまでには至っていないでしょう。
介護製品開発業者:
企業からすると、何を根拠にして条件設定するか判断に迷うかもしれません。そのような中でも、どの情報に自社製品の運命を預けるか決断が求められます。
介護コンサル:
元々、大きく差別化された製品・サービス群ではありません。
介護事業は社会保障なので、事業所側もルールを守ることに命がけです。例えば、ある企業が日用品等の一般製品において、差別化して企業努力をすることは素晴らしいことだし、そのような企業が業界をリードしていくでしょうが、介護業界だとそのような企業は「この企業、こんな事をしているね」で終わる可能性もあります。 監査と同じ考え方で、他事業所に比べて良いことをしていても、それは他人事として捉えられます。社会保障として、問題が生じていないこと、ルールとサービスが守られていることが絶対であり、重要な認識なのです。