【座談会】 ヘルスケアベンチャーに必要な法律知識(中編)

InnoHubでは、ヘルスケアベンチャーの業界進出を後押しすべく、情報発信をしています。ベンチャーにとって、経験のないヘルスケアの各業界に進出する際の課題として、ヘルスケアに関する十分な法律知識を持たずに、また一般論だけではない具体的な情報を知らずに事業をスタートしてしまうベンチャーが一定程度いることも事実です。そこで、InnoHubでは、ベンチャーが一般論だけではない具体的な法律知識や、困った時の対応方法を知ってもらうことを目的として、「座談会」を実施いたしました。

参加メンバー

  • ゾンデルホフ&アインゼル法律特許事務所
    根本 鮎子様(写真右下)
  • Smith, Gambrell & Russell, LLP
    小島 清顕様(写真左)
  • Smith, Gambrell & Russell, LLP
    猪子 晶代様(写真右上)
  • 司会

本座談会は2022年10月3日に実施し、当該時点における法令・規制の内容、市場の状況及び政治体制に基づき議論しております。最新の法令・規制内容等については、読者の皆様ご自身でご確認頂きますようお願い申し上げます。また、本記事において述べられている事項は、参加メンバの個人的な見解を示したものであり、所属団体等の意見・意向を反映又は主張するものではありません。本記事において提供する情報は、あくまで一般的な情報として提供されるものであり、具体的な専門的アドバイスを提供するものではありません。そのため、本記事の内容を利用されたことにより生じた損害等について、参加メンバ及びInnoHubは一切の責任を負いません。本記事に関するお問い合わせは、【InnoHub事務局】までご連絡ください。


中編


VC等と締結するNDAの準備・締結・記載漏れ

司会:

ヘルスケアベンチャーが、VC等と議論し、締結するNDA(Non-Disclosure Agreement:秘密保持契約)の準備・締結・記載漏れについて教えて下さい。

 

小島様:

NDAについては、①何を機密情報とするか、②どのように機密情報を扱うか、③誰が機密情報を扱うかをしっかり理解しておく必要があります。

日本企業が、米国の大学や企業等と契約締結する際、「米国の大きな大学とのNDAだから安心だろう」とか、「名の知れた大企業とのNDAだから大丈夫だろう」という認識は、正しい認識ではありません。米国だと、大学との訴訟も多くあることを理解して頂き、堅実に交渉に挑んで頂きたいです。

特に日本企業は、米国大学や企業等と早くコラボレーションしたいがために、若しくは最初から良好な関係性を築きたいという理由で、「最初は細かいことを言わない方がよい」、「最初は先方の提案を受け入れよう」というマインドになりがちですが、米国では最初から言いたいことははっきりと言い、合理的かつタフな交渉を最初から展開した方がきちんと考えていると見られ、しっかりした企業として扱われます。

 

猪子様:

特に、機密情報は自社でしっかり管理し守っておかないと、もし漏洩した場合、簡単に二次利用されることを理解しておく必要があります。

私も、クライアントの相手方から提供されたNDAのひな形を確認することがありますが、相手方だけが機密条項を守られるような、相手方に一方的に有利な記載内容になっていることがありました。NDAとして双方向に同等な機密守秘義務内容になっているか、自社の機密情報を守れる内容になっているか、必ず確認して頂きたいです。

一方、NDAは契約書ではありますが、実効性という観点では、課題のある文書となります。NDAに違反していることが疑われるからといって、差止めや損害賠償請求ができるかというと、先方が何の違反をしたのか立証に多くの時間と費用が発生し、現実的に難しい部分があることも事実です。

また、VCへの手土産としてプレゼン資料を紙やデータで渡してしまうと、その後どのように扱われるかわかりません。プレゼン時も資料は渡さず口頭だけにして、万が一資料を渡す場合も必ず「Confidential」を付けておく等、自分たちを守る術は欠かさず実施するべきです。先方が「知らなかった」と言い逃れできないような策を打ちましょう。

 

小島様:

NDA締結の際は、有効期間も注意が必要です。医療業界ですと、一般的にNDAの有効期間が5年間、更に満期後も10年間の守秘義務が設定されて提案される場合が良くありますが、事業内容に応じて長所・短所はあります。

「Confidential」の記載がないと機密情報として取り扱われないのか、何が機密情報にあたるのか、決めておく必要もあります。最も簡単なやり方としては、当事者間でやり取りされるすべての情報は「Confidential(機密情報)」として整理しておくことが良いと思います。もし機密情報が相手に渡ってしまうと、ひどいケースでは「守秘義務がない第三者から取得して、自分たちが開発した」などと、何の根拠もなく主張してくる相手もいます。

また、これは私の持論ですが、NDAには契約締結のみの情報を整理して、契約締結に直接関係のない余計な情報は省くことが良いと思います。例えば知的財産に関する取決めは、NDAには記載せず、IP Agreementとして別に整理すれば良いと思います。もちろんNDAに知的財産に関する記載を記した方が良い場合もありますが、基本的にはNDAは締結のみの範囲を明確に記載し、知的財産のことを明記することは余りお勧めしていません。

 

司会:

日本において、NDAの実効性はどのくらいなのでしょうか?

 

根本様:

秘密情報の取扱いは日本のベンチャー企業にとっても重要です。NDAの文脈では、(情報提供側において)機密情報が何であるかを明示することが重要で、また契約者間でその認識に齟齬がないことも紛争予防の観点から重要です。見聞きしている過去の例では、相手方と「機密情報」の定義やそのあてはめの認識が異なっていて、トラブルになった事例もあります。

また、NDA違反の場合、日本でも差止めに多くの時間と費用が費やされ、対応にハードルが高いことを認識しておく必要があります。

日本でも、ベンチャー企業がVCと交渉する際、起業初期段階のベンチャー企業が投資をしてくれる先に遠慮して、VCから送られてきたNDAの雛形の条項をすべて受け入れる場合が多くありますが、むしろ、VCからすると、契約書内の疑問点や合理的でない部分をベンチャー企業から修正提案される方が、法務がしっかりしているとの印象になり、少なくともマイナスの印象は持たれないでしょう。修正すべきところは、ベンチャー側から提案し修正して問題ありません。

また、海外の相手とNDA締結の場合、当該国の法律、管轄裁判所の定めに従う必要が出てくる場面もあり、調査・交渉に時間を要しますので、早めに専門家に相談されると良いでしょう。

 

猪子様:

VCとのNDA締結の場合には、基本的にベンチャーからVCへ情報を提供することになるので、ベンチャー側でフォーマットを用意しておくことが望ましいです。ベンチャーもVC毎にNDAフォーマットが異なると、リーガルチェック費用もより多くかかることになり、自社のフォーマットを用意できるとよいでしょう。ベンチャーとVCとのパワーバランスから、VCのフォーマットを使うことをどうしても要求してくるなら、リーガルチェックを専門家に相談すると良いでしょう。

研究規制と倫理指針

司会:

ヘルスケアベンチャーが知るべき研究規制や倫理指針について教えて下さい。

 

根本様:

まず、研究規制として、どのような規制があるのかを理解しておくことが必要です。新規ビジネスの立ち上げや、他業種からの参入の場合は、人などを対象とする研究において様々な規制があることは余り知られていないように感じています。相談者から、研究契約についてアドバイスを求められることがありますが、そもそもその研究が、倫理指針の対象なのか、それ以外の法規制の対象なのかは確認が必要です。皆様が、どのような研究をするのか、その研究にどのような法規制があるのか理解頂くことが必要であると思います

薬機法の承認等を取って進めていく医薬品、医療機器等については、薬機法とその関連省令等に従う必要があります。また臨床研究については、薬機法の他に、臨床研究法という法律があります。皆様の研究が臨床研究法の中に定められている「特定臨床研究」に該当する場合、臨床研究法に従い研究を進めていかなければいけません。

他にも、「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」という医学系の研究指針があり、この中には、研究計画書の記載の仕方、倫理審査委員会やインフォームドコンセントへの対応等が記載されています。皆様の研究が倫理指針の規定する「研究」に該当する場合、倫理指針に従いやらなければいけないことが決まってきます。またこの倫理指針は、元々人を対象とする医学系研究に関する倫理指針とヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針が由来となっており、対象となる研究対象が広いことが特徴です。人を対象として、研究を進める場合は、このような法規制があることを思い出して頂きたいと思います。

皆様の研究が指針に定められる研究に該当するか否かは、倫理指針のガイダンスに記載されていますが、一読しただけでは理解し難い部分がありますので、専門家に早めに相談された方が良いと思います。

もし、倫理指針に違反した場合は研究自体が打切りになる可能性もあり、また厚生労働省への報告や公表が必要な場合もあり、社会的にダメージを受けることになりますので、早めの確認が必要です。

また、本指針と関連して、医療機関や医療従事者等に資金を提供する場合には、業界団体の定める透明性ガイドラインがあり、資金提供の事実を公表する義務が生じる場合があります。特に、小規模の研究をしている場合等には、このようなガイドラインが見落とされる場合もありますので、注意が必要です。

医療業界ではよく知られた法規制になりますが、新規参入事業者においては、知られていないことも多く、改めて確認して頂きたいです。

 

小島様:

まず、研究規制という法規制やそれらに伴う「公序良俗」があるということを知って頂くことが重要です。その勘所があるのとないのでは、その後の事業リスクに直結します。特に人の肌に触れるもの、体の中に入れるもの、人の健康を左右するものであれば、どの国でも必ず法令がありますし、違反すると相応のペナルティがあることを、根本的に理解してもらいたいです。「こんな簡単に、医療系研究ができる」という感覚はまず危ないと思って欲しいです。

 

猪子様:

日本の法規制と同様に、米国にも同じ法規制があり、治験を行う場合はIRB(Institutional Review Board、治験審査委員会)の承認が必要です。また、NIH(National Institutes of Health:米国国立公衆衛生研究所)とFDA(Food and Drug Administration:米国医薬食品局)が共同管理している「Clinical Trials. gov」への治験内容の提出が求められます。日本の企業・ベンチャーは米国の研究機関や大学と共同研究されるケースが多く、彼らが法規制対応はリードするので、日本の企業・ベンチャーは彼らの指示を守りながら、細心の注意を払って欲しいです。

契約交渉時の注意点(ライセンス契約・CMO契約)

司会:

ライセンス契約・CMO契約等の契約交渉時の注意点を教えて下さい。

 

猪子様:

CMO(Contract Manufacturing Organization)とは、医薬品製造受託機関のことで、医薬品(治験薬・市販薬を含む)の製造を受託する企業、また製造委託契約を意味します。日本のヘルスケアベンチャーが、米国に進出して米国のCMOと契約する際の注意点としてコメントさせて頂きます。

まず、米国の大学や研究機関は、おそらく日本のそれと比べて、性質が異なるだろうと思っています。具体的には、米国の大学や研究機関の知財・法務部は、とても強固な体制が整備されています。

ある研究機関の契約書フォーマットを見ると、こちらの知財が取られてしまうような内容になっていたりしますので注意して下さい。最初の契約時から、我々の技術・知財が盗まれないように契約書文言を細部まで検討する必要があります。例えば、共同研究の位置付けについて、少しの共同作業であったにもかかわらず、CMOとの共同開発品として扱う内容になっていることがあります。契約内容をしっかり確認し、日本企業・ベンチャーは、弁護士等の専門家を立ててこちらの意見を主張しないと、我々は蚊帳の外でCMOの思う意図でビジネスが進んでしまい、今後のビジネスにリスクを抱えることになりますので注意が必要です。ここは戦いです。米国での契約交渉はかなりのプッシュバックが必要という心の準備が必要です。

改めてですが、米国のCMOは、知財、法務がとてもしっかりした体制があり、日本と比べて意識が違うことを理解して下さい。CMO以外にも共通することですが、一般的に米国の場合、先方の押しが相当強いことは承知して欲しいです。かといって、こちらも腹を立てるのではなく、ビジネスライクに笑顔で冷静に対応することが求められます。先方もこちらのプッシュバックがあることを前提でフォーマットを作っていますので、最終的にはこちらが納得できる内容になるまで、弁護士を立ててこちらの権利をしっかり守っていくことが重要です。

 

根本様:

スタートアップ企業とのライセンス契約について、日本においても、契約交渉上の力の不均衡は指摘されています。公正取引委員会と経済産業省が共同で策定している、「スタートアップとの事業連携に関する指針」の中でも、独占禁止法上課題となりうる事例が紹介されています。また、「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」の中では、どのようなところが独占禁止法上の課題になるのかというところが紹介されていますので、ベンチャーが企業と契約する際は参考にされると良いと思います。その際は、弁護士等への専門家への相談のうえ交渉にのぞまれると良いと思います。

 

小島様:

契約書の大義名分ですが、とにかく野放しにしないことが重要です。

米国に「When the cat’s away, the mice will play.」(猫がいない時、ねずみが遊ぶ)ということわざがあるように、スタートアップの方がパワーバランス的に弱いですが、弁護士と協力して、相手をしっかり縛って監視しないと暴走されますので注意が必要です。何を、どの期間中、どこで、誰が、何に使っていいか、認識頂きたいです。基本的なことではありますが、契約書のフォーマットを見ると抜けていることが本当に多いと感じています。

研究契約の締結に関しては、研究契約を締結する前にお互いが何を持ち込むのか取り決めるバックグラウンド知的財産(Background IP)、また研究中に生まれた知的財産に関して取り決めるフォアグラウンド知的財産(Foreground IP)、当該研究とは異なるところで生まれた知的財産に関して取り決めるサイドグラウンド知的財産(Side-Ground IP)、研究活動終了後の知的財産に関して取り決めるポストグラウンド知的財産(Post-Ground IP)等、研究ステージに応じた理解も必要です。ここまで整理することは難しい側面もありますが、今後の事業リスクにならないように、しっかり対応しておきましょう。

 


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